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ジュール・ヴェルヌ杯無制限無寄港世界一周帆走記録     写真と文:山本俊一

Trophee Jules Verne - no limit non stop round the world sailing record attempts
photos & text Yamamoto Shunichi




Trophee Jules Verne Tour du Monde

最高の夢へ

2月3日、10時53分03秒GMT、英国のトレーシー・エドワーズと6か国、10名
の女性クルーが、現在世界最大のレーシングカタマラン、92ftの〈ロイアル&
サンアライアンス〉に乗り、ジュール・ヴェルヌ杯争奪無寄港世界一周新記録
を樹立すべく、仏の北西端、ウエッサン島沖をスタートした。 昨年12月17日
からスタンバイしていたが、年末は弱風、新年はゲールや強い逆風でスタート
を延期。 ようやくチームが契約している名高い米人ルーター、ボブ・ライスの
ゴーサインが出たのだ。

現在のヴェルヌ杯世界記録は昨年5月19日にフィニッシュした、仏のオリヴィ
エ・ド・ケルソゾンと6名のクルーが操る90ftトリマラン〈スポル・エレック〉の
71日14時間22分08秒で、'94年以来74日でレコードホルダーとなっていた
ピーター・ブレイクとロビン・ノックス・ジョンストンのNZ・英国チームの〈エンザ・
ニュージーランド〉を破っている。

実は〈ロイアル〉は元〈エンザ〉なのだが、ハルカラーを変え、女性クルー向け
に艤装等を変更して約1トンも軽くなり、より速く、より扱いやすくなった。

元々このフネはカナダ人レーサー、マイク・バーチのために'83年に進水した
カーボン・ケヴラー製80ftカタマラン〈フォーミュル・タグ〉だった。 当時数多く
造られはじめたコンポジット製マルチハルは、造船所が不慣れなために設計
重量オーバーや強度不足に見舞われてその高性能を充分に発揮できない
ケースが多かった中で、〈タグ〉はカナデアーという工程管理のしっかりした
航空機メーカーで初めてオーヴン・モウルディングで建造されたため、例外的
に今日でも充分レースに耐え得る名艇となった。 これはひとえに、名マルチ
ハルデザイナー、ナイジェル・アイレンスの目のつけどころが良かったから
といえよう。 

〈タグ〉は'92年にブレイクとジョンストンの〈エンザ〉となり、後部を延ばして
85ftにされ、セントラルナセルも追加された。 そして'93年、初のヴェルヌ杯
挑戦の3艇のうちの一角に加わったが、惜しくもスタート26日後、インド洋で
未確認浮遊物に衝突して両ダガーボードとハルを損傷して棄権。 結局、
ただ1艇完走した元75ft〈ジェ・セルヴィスV〉の前後を延長して改装した、
仏の85ftカタマラン〈コモドア・エクスプローラー〉がいきなり79日を出して、
初のヴェルヌ杯を獲得してしまった。

おさまらないブレイクは、〈エンザ〉を母国NZで改装し、水線下にはインパクト
スキンを張り、ハルヴォリュームも増し、両スターンにはスクープを付け92ft
に前後を延ばして再挑戦し、翌'94年に見事74日の新記録を立てた。

〈ロイアル〉のスキッパー、トレーシー・エドワーズ(35)は'85-'86ウイット
ブレッドで最初の女性クルーとして活躍。 '89-'90レースでは初の総女性
クルー艇〈メイドゥン〉の艇長として2レグに勝ち、クラス2位でフィニッシュ。
同年のヨットマン・オブ・ザ・イヤーと英国MBE勲章授与された。

6か国からの23歳から39歳のクルーたちも、それぞれ大レースの経験は
豊富で、ウイットブレッドだけに限ってみても、'93-'94の〈ハイネッケン〉の
ナビゲーターやワッチリーダー、'97-'98の元〈EFエデュケーション〉のマネー
ジャー・スキッパーや、つぶれた豪の元〈エル・レーシング〉スキッパー、
ワッチリーダーなどをスカウトしている。

トレーシーは'96年に〈エンザ〉を買ったが、'97年3月に世界十大保険会社
のひとつという大スポンサーと契約ができ、5月には改装も完了。 女性
チームキャンペーンの一環として、7月には9日11時間22分05秒の大西洋
横断女性記録を樹立(歴代3位)。 10月には英国海峡横断6時間49分19秒
(平均22.72ノット)の世界記録を立てた。

直後の英国・アイルランド一周ではコース半ばで風が落ちてきたため記録を
あきらめざるを得なかったが、このヴェルヌ杯挑戦こそトレーシーたちの最大
の目的。 完走しさえすれば無寄港世界一周女性記録はまちがいないが、
彼女らはもちろんケルソゾンの記録、71日を破るつもりだ。

トレーシーは「このフネは改装されて今や信じられないほどパワフルだ。」と
言っているが、初めてのマルチハルでの数回の記録挑戦で、自分たちの
弱点も知らされており、その都度、クルー入れ替えを含むチーム改良を
行ってきた。

'94年ヴェルヌ杯記録達成時の〈エンザ〉クルーで、今回のプロジェクト
マネージャーのエド・ダンビーは、アドバイスを贈る。 「重要なのはよく飲み、
定期的によく食べ、よく寝ること。 損害を最小限にとどめるべく、絶え間なく
艤装の点検に次ぐ点検を行うこと。 長丁場ではとても避けられないとしても、
悪い期間をなるべく短くし、高い志気を維持すること。」

最高の夢を実現中のトレーシーたちの〈ロイアル〉は今ごろ、大荒れのサザン
オーシャンに二本の航跡を刻みつけているはずだ。

( 写真 1 )
現在のヴェルヌ杯世界記録を持つ〈スポル・エレック〉は元々ケルソゾン(54)
が世界周航用に仏のCDKで’86年に建造させた75ftトリマラン〈プーラン〉だが、
'89年には〈ア・ノートル・レガール〉と名を変えて、2ヶ所寄港ながらも、単独
世界一周125日19時間32分33秒の新記録を樹立。
'92年末にはセントラルハルをど真ん中で切断して新ハルを継ぎ足し、浮力も
120%から200%に増大した新フロートを付け88.6ftに改造。 〈シャラル〉と
なって'93年の初のヴェルヌ杯挑戦に参加したが、スタート23日後に氷片に
激突し、右フロート前部を6mももぎとられて棄権した。
翌'94年には〈リヨネイズ・デ・ゾウ・デュメズ〉となり77日05時間03分11秒で
完走したものの、ヴェルヌ杯は74日の〈エンザ〉に持っていかれてしまった。
'97年のケルソゾンの大記録はヴェルヌ杯挑戦だけで実に6回に及ぶ彼の
執念と、90ftになったペテゲム/プレヴォ設計による、この名艇の高性能の
結実以外の何物でもない。

( 写真 2 )
トレーシー艇長は若いころ、青春期の反抗心から演劇や獣医といった多くの
才能や将来に見切りをつけ、16歳で家出。 放浪のあげく10代の終りに
セイリングに出会い、トップ女性レーサーの一人に数えられるまでになった。
未だに乗艇初日だけは船酔いする彼女は言う。 「だから日帰りのレースは
しないの。」


Trophee Jules Verne - tour du monde

Yachting (Japan)          April 1998 

Trophee Jules Verne - tour du monde 
photos & text Yamamoto Shunichi 







Royal & Sunalliance Challenge


女性のみ11人で無寄港世界一周・最短記録をめざす
世界最大レーシング・カタマラン快走中!

全長28m、全幅12.8m。 何と、テニスコートよりも大きい、英国の現在世界
最大のレーシング・カタマラン(双胴艇)ヨット、〈ロイアル&サンアライアンス〉。

この艇がいま、無寄港世界一周の最短記録を樹立すべく、インド洋を疾走して
いる。 記録航海の名称は「ジュール・ヴェルヌ杯」。 一斉にスタートする
レースではなく、世界一周の所要時間を競うのだ。 帆走ならば何でもありで、
'84年に企画され、'93年、初挑戦の艇の記録は79日。 現在の世界記録は、
'97年5月にフィニッシュしたフランスの27mトリマラン(三胴艇)の71日だ。

〈ロイアル&サンアライアンス〉は、2月3日、10時53分03秒(グリニッジ標準
時)に、フランス北西端、ウエッサン島沖をスタートした。

今回のクルーは、6か国の11名。 全員女性ばかりという点が画期的だ。
昨年7月には9日半で大西洋を横断(女性記録)、10月には7時間弱で英国
海峡横断(世界記録)と、調子は上々。 23歳から39歳の腕自慢のクルー
たちには、ヨット回送業を営みながら大レースを渡り歩く者もいれば、医者
の卵や弁護士までいる。

公開中のウォッチ(見張り)システムは、3時間当直、5時間非番を延々と繰り
返す。 非番時に睡眠から、調理、食事、艇の保守などをすべてすませる
のだ。 もちろん緊急時には、いつでも「総員起こし」。 自動位置発信機
や各種電子航海機器は装備しているが、操船はすべて人力のみだ。

また、記録ねらいの軽量化のため、食料は乾燥食品しか積載していない。
飲料水はすべて海水淡水化装置で製造。 マカロニチーズやチリ・コン・
カルネ(チリトマトソースビーフ料理)、ベジタブル・モーネイ(ホワイトソース
野菜料理)など限られたメニューは、一週間で一巡してしまう。 それを
ローテーションで2か月半も食べ続ける。

もちろんシャワーや洗濯は、気温が高くなるスコール海域までお預け。
暴風や氷山、大波と闘いつつ記録をめざす航海は、これからまだまだ
数十日間続くのだ。

( 図 )
〈ロイアル&サンアライアンス〉は、'83年にカナダで進水した名艇。 '92、
'93年とより大型化されセンターキャビンも取り付けられた。

( 写真 1 )
艇体は細長くて水の抵抗が少なく、小型ディンギーのようなダガーボード
(差し込み板)で横流れを防いでいるため、より高速が出せる。

( 写真 2 )
女性クルーたち。 英国MBE勲章を受章したトレーシー・エドワーズ艇長
(35歳、左から3人目)は世界のトップ外洋レーサーのひとり。


Tracy Edwards in Trophee Jules Verne

Be-Pal (Japan)          April 1998 

Tracy Edwards in Trophee Jules Verne
11 women are trying non stop round the world record 
photos & text Yamamoto Shunichi 







Around the world in 71 days


世界一周帆走新記録を達成。 名作にちなんだ
「ジュール・ヴェルヌ杯」を手にした男たちの執念。

帆走でいかに早く世界一周するか。 これはあくまでも肉食獣の発想で、
豊かな自然の中で穏やかに暮らす草食獣のものではない。 ヨットといえば
「のんびりクルージング」というのが我々の条件反射で、レースといっても、
何とかカップのような日帰りがせいぜい。

ところが固い石の家に住み、肉や芋など限られた食物を食べ(反対に我々
の食材の豊富さは世界一らしい)、寒くて風が強く、終始変わりやすい荒々
しい天候の下で暮らす人々の日常生活は、我々から見れば長距離航海と
似たようなものなのだ。 という訳で、草食民族にはお呼びでない、ジュール・
ヴェルヌ杯争奪世界一周早回り帆走新記録達成のお話。

多胴艇での新記録航海や単独世界一周レースの成功機運を受けて、ご存知
の名作「80日間世界一周」にちなんで世界一周帆走で80日間を切った者に
ジュール・ヴェルヌ杯を与えようという話が酒の席で持ち上がったのが'84年。
スタートとフィニッシュ・ラインは英国リザード岬とフランス西端ウエッサン島
クレアック灯台を結んだ線で、帆走であればクルーや艇など何の制限もなし。
実際は北半球は大部分陸地のため、大西洋を南下、南極大陸を一周して
再び大西洋を北上するルートを取る。 大荒れの南大洋の冬を避けるため、
北半球が冬の時季に出発する。

周到な計画の後、まず'93年に3艇の大型多胴艇が挑戦し、2艇は艇破損の
ため途中棄権したものの、仏の85フィート(26m)カタマラン(双胴艇)〈コモドア・
エクスプローラー〉がいきなり79日の新記録を出してしまった。 収まらない
棄権の2艇は翌'94年に再度挑戦し、92フィート(28m)カタマラン〈エンザ・
ニュージーランド〉が74日で雪辱を果たした。

そして3日遅れに泣いた仏のオリヴィエ・ド・ケルソゾン(53歳)と6名の
クルーが今回、その時と同じ90フィート(27m)トリマラン(三胴艇)〈スポル・
エレック〉に乗り、5月19日朝、71日14時間22分08秒で到着。 アミラル
(提督)と呼ばれ、'89年には多胴艇での単独世界一周125日の記録も持つ
ケルソゾンは、'93年以来実に6回目の挑戦で悲願のトロフィーを手にした。

航走距離24853マイル(46027Km)、平均時速14.46ノット(26.8Km)。 赤道
南下時には〈エンザ〉の記録より4日遅れ、喜望峰では2日遅れと前半は
苦しい戦いだったが、40日目に〈エンザ〉と並び、ホーン岬を1日早く、赤道
北上を2日早くと追い上げ、結局3日以上の差をつける。 氷山の危険を
おして〈エンザ〉より短距離ですむ南極寄りのルートを取り、合計で1500
マイルほども航走距離を縮めた。

これで'93年に初名乗りを上げた3チームがすべて新記録を出したことになる
が、それには優れた艇とクルー、天候はもちろん、優れたルーター(気象、
海況等を分析・予測して最良のルートを選ぶ専門家)の存在と少しの運も
忘れることはできない。

'94年以来ヴェルヌ杯を保持し、翌年にはアメリカズカップを初めてニュー
ジーランドにもたらした功績で"サー"になったピーター・ブレイクは、次回
カップの準備で超多忙の中、入港したケルソゾンを迎えて、精一杯の祝福
をした。 ブレイク曰く、メディア的にはアメリカズカップが最高だが、個人的
にはヴェルヌ杯がより強くヨットマン魂を刺激する、と。

時に35ノット(64.8Km)も出す大型多胴艇は一旦転覆すれば自力復元せず、
再帆走は不可能。 単独航海と違い、クルーが乗り組むヴェルヌ杯のような
場合、艇の性能を常に最大限に発揮できるのは利点であると同時に、より
危険に近づくことでもある。 実際、膨大な建造コストのため、これら3艇とも
全部'80年代の大型艇の艇体を切ったり継いだりしてより大きく改造したもの
で、この過酷な海での長期にわたる高速帆走によく耐えたとも言えよう。

酷暑あり、極寒あり、無風あり、暴風あり。 昔の帆船乗りに恐れられた
吼える南緯40度帯、残酷な50度帯。 15mを越す大波とレーダーにも映ら
ない氷山の破片。 喜望峰とホーン岬を通る南大洋のルートは、スエズ、
パナマ両運河の開通により今や、ほとんど通る船とてない。

宇宙飛行士の多くが神を感じたように、無寄港世界一周帆走者の多くが
もはや俗世間の欲望を超越してしまい、地球を全く違う惑星「水の惑星」
だと感じたと言うのも当然か。

( 写真 )
71日ぶりに見る故郷フランスの陸地に感無量のクルーを乗せてフィニッシュ
へと向かう


Olivier de Kersauson/Sport Elec

Sports Graphic Number (Japan)          June 19, 1997 

Olivier de Kersauson/Sport Elec
Around the world in 71 days - Trophee Jules Verne 
photo & text Yamamoto Shunichi 







phare de Creac'h
photo Yamamoto Shunichi

imaginary start/finish line of official non stop  
round the world sailing speed record attempts
lies between Lizard point, UK and this Creac'h
lighthouse, Ouessant Island, France 


無寄港世界一周帆走記録公式スタート/フィニッシュ
 
ラインは英国リザード岬とこの仏ウエッサン島
 
クレアック灯台の間
 
phare de Creac'h
ile d'Ouessant

 
ウエッサン島クレアック灯台
ile d'Ouessant
photo Yamamoto Shunichi




Round the World, Non Stop, No Limit, Trophee Jules Verne

1993  Bruno Peyron + 4 crew Fra      Commodore Explorer  25.7m  79d
1994 Robin Knox Johnston/Peter Blake + 6 crew  Gbr/Nzl  Enza New Zealand C 28.0m 74d
1997 Olivier de Kersauson + 6 crew Fra Sport Elec T 27.2m 71d
2002 Bruno Peyron + 12 crew Fra Orange C 33.5m  64d
2004 Steve Fossett + 12 crew Usa Cheyenne C 38.1m 58d
2005 Bruno Peyron + 13 crew Fra Orange II C 36.8m 50d
2010 Franck Cammas + 9 crew Fra Groupama III T 31.5m 48d
2012 Loick Peyron + 13 crew Fra Banque Populaire V T 40.0m 45d
2017 Francis Joyon + 5 crew Fra Idec Sport T 31.5m 40d23h30m30s
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